奨学金の返済は20年にわたることもあり、将来の生活に影響を与える可能性があります。
奨学金返済の負担が大きいことは社会的な課題ともされていますが、その負担を軽減する方法として注目されているのが肩代わり制度です。
この記事では、奨学金肩代わり制度とは何か解説し、2025年時点で制度を導入している企業もご紹介します。
奨学金肩代わり制度とは?基本を解説
奨学金肩代わり制度とは、企業などの機関が従業員の奨学金返済を支援する精度です。
まずは奨学金肩代わり制度の基本や概要について解説します。
奨学金肩代わり制度の概要
奨学金肩代わり制度とは、従業員の奨学金を企業が肩代わりし、日本学生支援機構(JASSO)に返済する制度です。
制度を導入している企業に所属すると利用でき、企業は従業員に代わり、毎月の奨学金返済額の一部または全部をJASSOに返済します。
この制度が注目される背景
利用者や返済困難者の増加といった奨学金問題は深刻化しています。
一方で、就職氷河期が終わりを告げ、現在の就職活動は売り手市場に変化しました。
企業としては、人材確保に向けた一手を打つ必要が生じており、これらの背景が理由で注目度を高めたのが奨学金肩代わり制度です。
肩代わり制度の具体的な仕組み
奨学金肩代わり制度の導入を希望する企業は、まず日本学生支援機構(JASSO)に企業登録を行います。
従業員を企業に対して「代理返還に係る情報提供に関する同意書」を提出し、企業がJASSOに奨学金情報を登録し、自社の規則に基づいた支援額をJASSOに送金するのが基本的な仕組みです。
企業が奨学金を全額負担する場合、従業員の口座からは奨学金の引き落としが行われません。
一方で、仮に返済額20,000円のうち企業が15,000円を負担するケースでは、残りの5,000円が従業員の奨学金引き落とし口座から自動的に引き落とされることになります。
奨学金肩代わり制度が導入されるメリット
奨学金肩代わり制度が導入されることにより、メリットを得られるのは従業員だけではありません。
企業側や社会全体に与えるメリットも大きいため、積極的に活用すると良いでしょう。
従業員にとってのメリット
従業員にとってのメリットは、月々の返済額が減り、手取りが増えることです。
住居費や食費、交際費などに充てられる金額が増えるため、より豊かな生活を送れるでしょう。
浮いたお金を「奨学金を支払ったもの」として計画的に積み立てておけば、退職したとしても、繰り上げ返済により奨学金の早期完済を実現できます。
企業側にとってのメリット
企業にとってのメリットは、福利厚生の一部として導入することにより、優秀な人材を確保したり、従業員の定着率を向上させたりしやすくなることです。
支払った金額は損金として計上できるため、税制上のメリットも生まれます。
さらに、企業イメージの向上にもつながるでしょう。
社会全体に与えるメリット
若者の経済的な自立が促進されることや消費拡大や地方創生につながることなどが、社会全体に与えるメリットです。
また、若者の雇用が安定することにより、所得税や社会保険料といった税収の増加にもつながります。
これにより、間接的なメリットではありますが、社会保障制度の安定化も実現できるでしょう。
奨学金肩代わり制度を導入している企業一覧
奨学金肩代わり制度を導入している代表的な企業を、いくつかの業種に分けてご紹介します。
企業ごとの制度の特徴や新しく奨学金肩代わり制度を導入した企業の情報も見てみましょう。
業界別の企業一覧
奨学金肩代わり制度を導入している代表的な企業を業種別にまとめます。
【業界別の企業一覧】
IT:PR TIMES、中国新聞社、株式会社クロスキャットなど
製造業:株式会社アコー、石川製作所、アイオン株式会社など
サービス業:松屋フーズホールディングス、JR東日本など
建設業:大東建設、飯田建設株式会社、九電工など
小売業:ノジマ、ツルハホールディングス、ベルクなど
そのほかにも、医療・金融・不動産など、さまざまな分野の企業が奨学金肩代わり制度を導入しています。
導入企業の具体例とその制度の特徴
一例として、株式会社アコーが実施している奨学金肩代わり制度の具体例をご紹介します。
【株式会社アコーによる奨学金肩代わり制度の具体例】
支給額:月額20,000円まで
支援期間:最長7年間(35歳まで)
条件:貸与型の公的奨学金および会社が認めた奨学金の返済を有する社員であること
支給額、支援機関、条件は企業ごとに異なるため、入社前など制度の適用前に確認しておきましょう。
最新の導入企業情報
2023年度以降に奨学金肩代わり制度を導入した企業をまとめます。
【最新の導入企業情報】
2023年度:株式会社ウォーターウィッシュ、株式会社エグゼクション、医療法人社団フロンティア さきがけ歯科クリニック摂津本院、社会福祉法人カナンの園
2024年度:株式会社WakuWorks、株式会社STAYGOLD、株式会社No.1、一般財団法人みちのく愛隣協会 東八幡平病院、いわて生活協同組合、株式会社HES
2025年度:株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社エスケーアイ、豊田東海警備グループ
企業により、奨学金肩代わり制度を撤廃する可能性があるため、必ず最新の情報を確認しましょう。
奨学金肩代わり制度の利用条件とは?
奨学金肩代わり制度は、すべての社員が利用できる制度とは限りません。
細かな利用条件は企業ごとに異なりますが、一般的な応募資格や制度利用時の注意点などをお伝えします。
一般的な応募資格
奨学金肩代わり制度の応募資格を持つのは、一般的に以下の条件に該当する従業員です。
<一般的な応募資格の例>
・正社員であること
・勤続年数が一定以上であること
・勤務態度が良好であること
・返済猶予期間中ではないこと
など
これらの条件は、日本学生支援機構(JASSO)が定めたものではありません。
企業ごとの就業規則や福利厚生規定によって定められる条件であり、JASSOによる縛りを受けることはありません。
制度利用における注意点
企業ごとに利用条件が異なることや企業への依存度が高まるリスクがあることは、奨学金肩代わり制度を利用する注意点です。
同等の制度を用意する企業に転職できない場合などにおいて、転職の足枷となるリスクがあります。
企業によって異なる条件の比較
先述したように、奨学金肩代わり制度を利用するための条件は、在籍する企業によって異なります。
いくつかの実在する企業同士の条件を比較してみましょう。
【企業によって異なる条件の比較】
企業:株式会社リンクアンドモチベーション
対象者:新卒社員
上限額:毎月5万円
条件:2026年入社以降の新卒社員
企業:企業豊田東海警備グループ
対象者:全正社員
上限額:毎月2万円
条件:正社員であること
企業:株式会社シンカ
対象者:新卒社員
上限額:毎月2万円
条件:新卒社員であること
企業:医療法人社団医誠会
対象者:新卒看護職員
上限額:上限300万円
条件:看護師国家試験合格後に正社員として就職し、一定期間勤務すること
制度内容は変更される可能性があります。
最新の情報を取得したい場合は、必ず企業の公式ホームページなどから情報を収集してください。
奨学金肩代わり制度を活用する際の注意点
奨学金肩代わり制度を利用する際の注意点は大きく分けて3つです。
多くの従業員によって制度の存在は魅力的ですが、利用開始後に思わぬデメリットを感じる可能性もあるため、あらかじめ注意点を把握しておきましょう。
長期間の勤務を求められる場合がある点
企業によっては、優秀な人材の確保や定着を目的として奨学金肩代わり制度を採用している場合があります。
そのようなケースでは、長期間の勤務を求められる可能性がある点が注意点です。
たとえば、「入社後5年間は弊社の正規社員として在籍すること」を条件に制度を利用した場合、5年が経過する前に退職すると、規則違反に該当します。
このようなケースでは、退職までの間に肩代わりされた金額を、企業側に返還するよう求められる可能性があるため注意が必要です。
肩代わり額に上限がある場合の確認
奨学金肩代わり制度を上限なしで採用している企業はごくわずかです。
ほとんどの企業が月々の上限額と累計の上限額を設けているため、制度の利用時に上限の有無や範囲を確認しましょう。
たとえば、累計の上限額が200万円の場合、それを上回る残債は、自己負担で支払わなければなりません。
税金の負担や申告について
企業が日本学生支援機構(JASSO)に直接返還する場合、原則として非課税となり、従業員が税金を支払う必要がありません。
年末調整の対象にもならず、確定申告も不要です。
一方で、企業が従業員に対して「奨学金返済補助手当」を支給する場合、手当によって得た収入は所得とみなされます。
そのため、所得税や住民税の課税対象となるため注意しましょう。
なお、この場合においても、確定申告は原則として不要です。
奨学金返済支援制度と肩代わり制度の違いとは?
奨学金肩代わり制度に類似する制度に「奨学金返済支援制度」があります。
この2つは同列で語られることもありますが、厳密にいえば違いがあるため、概要を比較してみましょう。
肩代わり制度と支援制度の概要比較
奨学金返済支援制度は、企業が従業員の奨学金を代理で返還する制度全般を表す言葉です。
この場合、一般的には、企業側が従業員に対して手当てとして奨学金返済額の一部または全額を支給しています。
先述した通り、手当ては所得に含まれるため、受け取った金額は課税対象となる点に注意しなければなりません。
一方の奨学金肩代わり制度は、日本学生支援機構(JASSO)に対して、企業側が直接的に奨学金を支払う制度です。
2021年4月にスタートした「企業等の奨学金返還支援(代理返還)制度」が代表的な例で、税金は発生しません。
支援制度を導入している企業事例
JASSOを通さない形で奨学金の支援制度を導入している企業をいくつかリストアップします。
【支援制度を導入している企業事例】
あおぞら銀行:奨学金残高の5%を年1回、3年間にわたって支給
シノケングループ:月々の返済額のうち約50%を、返済開始から5年間にわたって支給
イズミ:勤続3年目、5年目、7年目の計3回、賞与に10万円を追加して支給
親日配薬品:毎月1万円を給与に加算し、最大10年間・120万円まで支給
上記は2025年時点の情報です。
制度の内容が変わる可能性があるため、企業の公式ホームページなどを確認し、最新の情報を取得してください。
自分に合った制度の選び方
奨学金肩代わり制度と奨学金支援制度には、それぞれ異なるメリット・デメリットがあります。
それぞれ特徴を把握したうえで、自分に合った制度を導入している企業に入社すると良いでしょう。
【自分に合った制度の選び方】
・奨学金肩代わり制度
メリット :税金や社会保険料を負担せずに済む
デメリット:JASSOの奨学金に限定される
適している人:JASSOの奨学金を借りている人、税負担を増やしたくない人
・奨学金支援制度
メリット:JASSO以外の奨学金にも適用できる
デメリット:所得扱いになり税額が増える場合がある
適している人:JASSO以外の奨学金を借りている人、肩代わり制度未導入の企業に入社する人
まずはどの機関から奨学金を借りているのかを確認し、自分自身が制度を適用できるかどうかを調べましょう。
奨学金支援制度を利用する場合、大学独自の奨学金や地方公共団体・民間団体の奨学金を借りている人でも、将来の支払い負担を軽減できる可能性があります。
奨学金肩代わり制度を活用するためのポイント
奨学金肩代わり制度を活用するために重要なポイントは3つです。
就職活動の進め方や面接における振る舞い方、そして企業に具体的な制度内容を確認するための質問例をご紹介します。
制度を利用する企業への就職活動の進め方
奨学金肩代わり制度や奨学金支援制度を導入する企業に就職したい場合は、情報収集の段階で、制度を導入する企業を調べておきましょう。
日本学生支援機構(JASSO)の公式ホームページや各都道府県・自治体のポータルサイト、企業ホームページ、求人情報サイトの福利厚生欄などに制度の有無が記載されています。
制度を用意する企業を絞り込めたら、自分自身が利用条件に該当するかどうかを確認してください。
その後の就職活動の進め方は、通常の就職活動と変わりません。
エントリーシートや履歴書を作成して応募し、面接の案内が届いた場合は、指定された日時に面接を受けに行きましょう。
面接で奨学金返済について話すべきか
面接時に奨学金制度について触れると、しっかりと企業研究を行っていると評価される可能性があります。
奨学金返済について面接で触れる場合は、制度を利用したい理由を明確かつ前向きに話しましょう。
「奨学金返済の負担が減ることにより、経済的な不安がなくなり、業務に集中できます。」「将来設計において奨学金返済は私の課題でした。貴社の支援制度により、長期的な視点でキャリア形成ができるため、長く貴社に貢献し恩返しをしたいと考えております。」など、ポジティブな言葉で話すことが大切です。
制度の活用を検討する際の質問リスト
奨学金に関する制度の活用を検討しており、企業の制度について面接でより詳しく知りたい場合は、以下のような質問をすると良いでしょう。
<制度の活用を検討する際の質問リスト>
・貴社の支援制度は、JASSOへの代理返還方式ですか?それとも手当てとして支給されますか?
・制度を適用するために、一定の勤続期間が必要ですか?
・入社後すぐに支援を受けることは可能ですか?
・支給額に毎月または累計の上限額はありますか?
・制度の利用中に貴社を退職した場合、返還義務は発生しますか?
・契約社員でも制度を利用できますか?(正規雇用以外で応募する場合)
これらの質問を行うことにより、制度を利用するメリットだけでなく、表面上だけでは確認しにくいデメリットも把握できます。
まとめ
奨学金肩代わり制度とは、企業が従業員に代わって奨学金の一部もしくは全額を返還する制度です。
奨学金の肩代わりは、従業員だけでなく企業側にもメリットをもたらすため、近年では多くの企業が福利厚生の一環として制度の導入を進めています。
日本学生支援機構(JASSO)などの公式ホームページなどから導入企業を検索し、就職活動を進めましょう。